
年に一度帰郷するかしないかが、30年余りも続いた40代の後半に突然父を喪った。自己の生い立ちを一切話さぬ父であったし、両親の死を知らせる二度の電報にも帰ろうとさえしなかった。経済的な理由なのか、帰れぬ事情があったのかは、幼少の男にはそれを知る術もなかった。
ほどなく遺産相続に必要な為、鳥取県は八頭郡丹比村役場より戸籍謄本を取り寄せた。
それには、今までに名すら耳にしたことも無い、血筋の列挙があった。何故かその時以来、無性に父の生地鳥取を訪ねて見たい衝動に駆られ、日増しにその思いは募っていった…。
そんな連休のある朝、始発の新幹線に乗り京都で山陰本線に乗り換えた。あれ程迄に思いを馳せた鳥取へ、駅員や乗客に尋ねながら、拾数時間をかけ、 乗り継ぎながらついに来た。深山幽谷の地に隠れ住むような人生だった厳父は、常に親子の情を超えたものが在った。遙かなる遠い日を追うように、暫し佇む男の脳裏に、深々と雪の降る日…この駅舎に佇んでいたであろう六歳の父の姿が、走馬燈のように回転しては消えた。
駅前でレンタカーを借りると、エンジンが爆発しかねない程スピードを上げ、豪雪地帯八頭郡を目指し、若桜街道を弾丸さながら疾走する。陽が陰るのを気にかけながら、幾多の部落や集落を尋ね倦ね、やっとの思いで捜しあてた。
見渡す限りが山林で廃村を思わせるこの集落は、林業で生計を賄っているらしく、至る処に伐りだされたばかりの材木が、一定の長さで山積みされている。それを庇うように身の丈ほどの雑草が生い茂っている。
時折、春風に揺らぐ葉波の合間から、皮を削がれたばかりの生木が痛々しくも見える、それを哀れむように、名も知らぬ白い花がひっそりと咲いていた。
さほど見窄らしい風体ではなかったが、故人の遺産の幾分かを貰いに来たかと誤解され、家中には入れて貰えず、玄関先の立ち話で済まされた。その時初めて知り得たことだが、父は事情があって義母に育てられ、僅か六歳の春、隣村は曹洞禅宗「龍徳寺」に僧侶になる為に家を出された。
その年の冬、よほど家が恋しかったのか、豪雪を割るようにして帰ってきたが、粗末な駄菓子に騙されて、凍えるような身体を両手に息を吹きかけながら、泣き泣き夜道を戻っていった。これが互いの見納めとなり、再び父は生家を訪れることは無かった。時代はこの日を境にし、明治より大正へと移り変わった。
「父さん…あなたという人は、どんな想いを遺して逝ってしまったのか…」 滝のように流れる大雨が、フロントガラスを叩きつけ、運転に支障をきたすように止めどもなく涙があふれ、突き上げてくる父への悔根の思いに駆られながら祖先の墓参りに向かった。
「プアーン」と、もの悲しい警笛と共に山間の谷間から姿を現したローカル線のデイゼルカーが、「カタコト」と、時折線路を軋ませながら、墓前に泣き伏し額ずく男の傍らを通りすぎ、音を引いて夕暮れの緑の中に消えた…。
すべての想いを吹っ切るように立ち上がった男は、それをぼんやりと見送った…。
「もう来ることもないだろう…誰が二度と来るものか!」抑えようもない悲しみが突きあげて来た。
…無意識に歩き始めた男の頭に、「全館満員御礼」の観光協会の掲示板を思い出し、一時も早く宿泊先を捜さねばと、気を取り戻し眼下に流れる清流に、顔を洗いに小渓を下りた。
一瞬その時、流芯の岩陰にギラリと魚鱗が光った。「アッ、山女魚だ!」パーマークが厳父僧侶の数珠に見え、言いしれぬ感動が込み上げて来る。
「…そうだ、誰に歓迎されなくても、近い将来必ず俺はお前に逢いに来る」そう自分自身に言い聞かせ、渓魚山女魚に別れを告げた。悲しい程美しい郷鳥取であった。
その後、父の生地、あの川で出会った山女魚が、今も尚男の休日を捉えて離さない。
「この項・完」
宮城弌寶