豪雪地帯陸中川尻、湯田温泉郷を添うように流れる和賀川は、岩手県も秋田県に程近い両県境に聳える和賀岳に源流を持つ。
その谿は、今をなお未跡地の秘境が点在し、尺上イワナが数捨も釣れるという情報を入手した。
逡巡する間も無く早朝の東京を後にし、大渋滞の東北道を車の群れの尾となった。
覚悟はしていたものの、大草原の草を喰む野牛の群れのように、一向に走り出す気配も見せない発進停車の繰り返しである。
陽が陰り始めた夕暮時、北上江釣子インターにて渋滞を脱出、左に和賀川、右をローカル北上線に挟まれた、国道107号線を秋田県横手に遡る。
湯田ダムを越え錦秋湖を経て、湯田温泉郷を盛岡に抜ける県道に入る。湯本温泉峡を通過し前郷を左折、和賀岳連山麓より真昼岳に向かう。
ブナ原生林に被われた山間を、削ぎ取るように造られた林道に、三菱パジェロの四個の前照灯は、12万5千カンデラを越す目映いばかりの黄光を発し、不気味な迄に闇の世界を映しだす。
急勾配、急カーブの繰り返しの中、落石と倒木は道を遮り、ムササビが宙を飛び交う。夜目にも匂う若葉の小枝に車体を擦りながら、左右に大きくローリングを繰り返す傾斜計と、次第に高さを増す高度計を横目で睨み、ハンドルにしがみつくように登坂する。目前に迫る一抱えもある落石に、慌ててブレーキを踏みハンドルで交わす。「ズズズッ」と車体が滑り一瞬にして前照灯より林道が消える。咄嗟にサイドブレーキを引き車外に飛び出す。左前輪は林道を離れ断崖の宙に浮く。
万が一に備え、シフトレバーをウインチに切替、車外に飛び出しワイヤーを大木に二重に巻き付けフックを掛ける。まさに間一髪で九死に一生を得た思いである。最早夜明けを待つしかないと肚を決め、エンジンを停止した途端、デイゼル音に掻き消されていた鳥獣の咆哮が闇の幽谷に谺する。
如何ともし難い恐怖心に駆られ、因を見極めんとばかりに左右の闇に眸を凝らす。引き返そうにも転回する程の道幅は無く、身の丈も在るような残雪が岩と一体化したように尖った儘で突き出ている。そのさまは新たなる落石に何時遭っても不思議ではなく、停まる程の勇気は失せる。身震いしながら縮みあがった一物を無理に引き出し小用を果たすが、小便だらけのジーパンが生暖かい。
いつ出没するか判らぬ熊に、防戦すべく山鉈と目眩ましの消化器を取り出し、包帯代わりの真新しい手拭いを鉢巻きに結ぶと、「いくぞーッ」と気合い双共再びエンジンを駆動する。今し方迄幽明の境を彷徨ったのが嘘のように、ノンスリップ付きの三菱パジェロは難無く危機を脱出した。男は仕事上所有している数台の四駆を、すべてパジェロに換えようかと思った程素晴らしい性能である。何事も遣るからには極める迄、遣り抜かなければ気のすまぬ男の性格は、昴じた趣味に迄影響を及ぼす、まさに病膏盲に入るである。
パジェロを駆使しての林道との闘いに、男の熱気で窓硝子は曇り、残雪ある山中にも拘わらず冷房を入れる。緊張と体力の消耗が限界に達した頃、野太い瀬音と共に目前に目指す堰堤が現れた。ほとばしる水飛沫が樹々の合間から青白く見える。熱気だった顔で車外に飛び出す男の頬を、五月の山中の夜風が心地よい程に撫ぜていく。
夜明けにはまだ早い、暫し仮眠を取ろうと車中に戻り、リクライニングシートを倒す。疲労困憊の身体は瞬く間に睡魔に引き込まれていく。入れっぱなしの冷房の寒さと、思いっきり四股を伸ばせぬ窮屈さは、遠い記憶の幼い日を往きつ戻りつしていた。
疎開先の小さな漁村の小さな貸間は、幾度となく追い立てられた末に、やっと借りられた四畳半であった。二組しか敷けぬ布団に親子六人が上下後差しになって寝た窮屈さは、後生迄も男の躯に滲みついた。後に隣村は母の生家でもある酪農家の納屋に、夕飯が済むと父子三人が猫の行火を抱える父に寄り添いながら、厳冬の星空の下を寝る為だけに通ったあの頃も今となっては懐かしい。この時期は両親の満身創痍の困窮期であった。時の流れは過ぎし日々を旧い一枚の絵のように風化させ、生々しい疵痕は男の躯に溶けこみながら、その生き様に浄化されていった。
岩手とも秋田ともつかぬ深い原生林に在って、思い出はあれこれと男の微睡の中に現れては消えた。突然山中の静寂を破る鋭い鳴き声に眠気を覚まされる。車上を過ぎる野鳥が一羽残雪に影を落として谿合に消えた。
夜が明けて間もない原生林に囲まれた堰堤の釜面に、うっすらと霧が立ちこめ対岸のまだ覚めやらぬ谿の狭間から、朝陽に映える緩やかな山々が望まれる。足下の波打ち際で小魚の群れが時折キラッと魚鱗を光らせる。昨夜恐怖に慄いた同じ場所かと思う程の素晴らしい渓の朝である。
近年五月の連休を間近にすると無性に亡父が偲ばれる。亡くなったのも五月であったし、草深い鳥取の生地を尋ねたのも五月の連休であった。
僧侶として命に代わる血脈(お釈迦様から自分迄の歴代の師匠の縦系統図を血書で記載された家系図に似た書文)も東京大空襲で焼失し、友人知人は現世を去り、幻のような亡父の生い立ちは最早調べる術を断ち切られた。七回忌を目前にして道号さえも大仙なのか、泰雲なのか定かではない…。
曹洞宗大本山福井県永平寺の山中で修行中の父は、近郷を流れる九頭竜川に如何なる想いを流したのであろうか…。山紫水明の地、東北の深山幽谷の流れに立つ男の胸を切ない思いが飛来する。
堰堤の釜面に点在する大石のエグレに一投目の餌を投入する。いきなりゴッツとアタリがあり、竿を上げると餌が食いちぎられている。どうやら山女魚を追っていた習慣で合わせが早くなっている。再び同流に餌を投入する…、反応がない…、数度目の投入時流れる筈の目印が止まり、流れに逆らうように釜面の落ち込みに向かい動き出した。
「来てる、イワナだ!」このアタリッ…まさしくイワナのそれだ!。「慌てるなッ」ともすれば逸る思いを制し、竿を送る。更に一呼吸おいてから慎重に合わせる。ガツンと手応えが伝わったその瞬間、尺五寸を超える大イワナが一気に宙に踊りでる、それを目印が追う。
滝飛沫に煙る水面を、いきつ戻りつしながらも必死の抵抗を見せる。かと思ったらいきなり横っ走りに対岸に走った。愛竿は弓なりとなり、これ以上走られたら糸が切れるか竿が折れる…、との思いが掛け巡る。竿は釣友の形見、選び抜かれたD社の琥珀の抜き硬調、6.1m、仕掛けはA社の最強カイゼン0.8号の素通し、鈎はG社イワナの8号、餌は鎌海老の大、オモリは3B、これで逃してなるものか…、男は全身を竿にして対応する。
凄まじい程のやりとりの後疲れを見せ寄り始める。動きの鈍くなった大イワナに更に空気を吸わせ、弱り切ったところを手網で、…無いッ、…腰に差し忘れである。
慌ててエラに手を掛け、鈎をはずそうとしたその瞬間、最後の抵抗を見せた大イワナは「あッ」と言う男の声と共に、ヌルッと手から離れ反転し水中に没した。水面を広がる波紋は、恰も亡父の哄笑のようであった。
「この項・完」
宮城弌寶